出会の東京放送

出会の東京放送
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ブロードキャスティグ


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出会のデータ 英名 Tokyo Broadcasting System,Inc. 放送対象地域 関東広域圏 (東京都・茨城県・栃木県・ 群馬県・埼玉県 千葉県・神奈川県) ニュース系列 JNN 番組供給系列 TBSネットワーク 略称 TBS 愛称 TBS TBSテレビ 呼出符号 JORX-(D)TV 呼出名称 TBS(デジタル)テレビジョン 開局日 1955年4月1日 本社 〒107-8006 東京都 港区赤坂5-3-6 TBS放送センター内 演奏所 スタジオを参照 アナログ親局 東京 6ch ガイドチャンネル 6ch リモコンキーID 6 デジタル親局 東京 22ch 主なアナログ中継局 アナログ中継局参照 主なデジタル中継局 デジタル中継局参照 公式サイト 公式サイト 特記事項: 2001年9月までラテ兼、サインはJOKR 東京・赤坂 TBSがあるTBS放送センター (愛称:ビッグハット)株式会社出会(とうきょうほうそう、Tokyo Broadcasting System, Inc.)は日本の一般放送事業者で、グループ統括会社。
略称は商号の英訳の頭文字を採った「TBS(ティービーエス)」。
プロ野球・横浜ベイスターズの親会社。

概説


概説
概説 株式会社出会 TOKYO BROADCASTING SYSTEM, INCORPORATED 種類 株式会社 市場情報 東証1部 9401 略称 TBS 本社所在地 107-8006 東京都港区赤坂五丁目3番6号 電話番号 03-3746-1111 設立 1951年(昭和26年)5月17日 (登記日・株式会社ラジオ東京) 業種 情報・通信業 事業内容 放送法による一般放送事業(テレビの放送)及びその他放送事業 代表者 井上弘(代表取締役社長) 財津敬三(代表取締役専務) 城所賢一郎(代表取締役専務) 資本金 54,926百万円 (2007年3月31日現在) 売上高 単独: 277,400百万円 連結:318,700百万円 (2007年3月期) 総資産 単独: 534,322百万円 連結:567,722百万円 (2007年3月31日現在) 従業員数 1,157人 (2007年3月31日現在) 決算期 3月末日 主要株主 毎日新聞社 - 51.0%(筆頭株主ではなく、会社法の『会社立ち上げ時に企業か個人が51%株保有』規定規則に基づく運営用の株として51%保有) 楽天メディア・インベストメント - 15.71% (筆頭株主) 主要子会社 TBSテレビ TBSラジオ&コミュニケーションズ 他 外部リンク www.tbs.co.jp 日本の民放の先駆者として有名な存在で、1980年代までは、ドラマ・バラエティー・報道の各分野で高く評価され 「民放の雄」「民放のNHK」「ドラマのTBS」「報道のTBS」と称されていた[要出典]。
しかし、80年代後半から1990年代にかけて、社内の官僚的体質により、斜陽の時代を迎えた。
その打開策として、1992年に行われたバラエティ&クイズ番組大改革(『わくわく動物ランド』『クイズダービー』『クイズ100人に聞きました』等、視聴率の高低、地域差などにもかかわらず、当時放送されていた1970年代?1980年代前半からの人気長寿番組を次々と打ち切り、1992年10月から月曜?木曜の19時台を『ムーブ』と呼ばれるバラエティ番組枠を当時の社長磯崎洋三の肝煎りで製作した)が結果的に失敗したこと、さらに1996年に発覚した「TBSビデオ事件」をはじめとした不祥事が多発した影響もあり、視聴率に関しては「冬の時代」を迎えることとなった。
2001年ごろから、スポーツの「K-1 WORLD MAX」、「プロボクシング(亀田兄弟)などにより視聴率が90年代の「冬の時代」よりは持ち直している。
低迷する視聴率とは別に、放送関係の各賞の受賞回数は上位に位置する[要出典]。
天気予報に力を入れており、民放初の「八丈島のIP方式の天カメ(2004年)」や「動く天気図」・「コンピュータでの雨足予想(雨足くん)」などTBSによって生まれたものがよくある[要出典]。
今では当たり前となった「気温の前日比」もTBSが初めて行ったもの[要出典]。
また1980年代に「8時の空」という10分の気象情報番組では、各地の天気カメラをつなぐ「お天気カメラリレー」を開始。
2005年3月末をもって、視聴率不振が続く『ウォッチ!』『(特)情報とってもインサイト』『ジャスト』『JNNニュースの森』などの平日ベルト番組を終了させるかつてない改編、通称「TBSの変」を敢行した。
『ウォッチ!』の後枠にはみのもんた司会の『みのもんたの朝ズバッ!』がスタート。
『とってもインサイト』の後枠には『きょう発プラス!』を昼のJNNニュースと統合・拡大して2時間番組として開始。
夕方ニュース枠は『イブニング・ファイブ(JNN枠は『JNNイブニング・ニュース』として区別)』として他局に追随し2時間のワイド編成となった。
2006年4月3日からは『ジャスト』を終了して以降、再放送枠になっていた平日14時台に、1年ぶりの生情報番組『2時ピタッ!』がスタートした。
『朝ズバッ!』『イブニング・ファイブ』は成功し番組は軌道に乗ったものの、『きょう発』『2時ピタッ』は視聴率で苦戦し、双方の番組出演者・スタッフが担当する時間帯を一部入れ替えた形で、『ピンポン!』『2時っチャオ!』を2006年10月2日よりスタートさせた。
近年、TBSが製作するテレビアニメ番組は自局または子会社のBSデジタルテレビ放送局・BS-iの、共に深夜枠(深夜アニメ)がほとんどである。
TBS(JNN)ネットワークのアニメーション番組を長年支えてきたのは在阪準キー局の毎日放送(MBS、毎日新聞社との関連・資本は無い)であり、本放送以来約10年ぶりにゴールデン帯で再放送された『まんが日本昔ばなし』をはじめ、最近では『機動戦士ガンダムSEED』や『鋼の錬金術師』など数多くの人気作品[要出典]を製作してきた。
また最近ではTBSが製作に携わりながら、当のTBSでは放映せずUHFアニメとして放映される作品もある(ただし、BS-iなどTBS関連の衛星放送局で放映することがあるほか、過去にはRKB毎日放送で放映した作品もあった)。
2007年10月より放映される『灼眼のシャナII (Second) 』は、UHFアニメ(第1期はMBSが幹事局担当のUHFアニメだった)史上初めて続編を在京キー局系列で放映する予定である(その逆は何度かあった)。
近年まで毎日放送(MBS)・中部日本放送(CBC)製作深夜アニメの逆ネットには消極的だったが、2006年4月以降は両局ともに1本ずつ逆ネットしている。
TBSが制作していた特撮番組としては「ウルトラマン」シリーズが有名であるが、時間帯などの関係で「平成ウルトラマン」シリーズと呼ばれる「ウルトラマンティガ」?「ウルトラマンコスモス」はMBS、「ウルトラマンネクサス」以降はCBC制作となっている。
また、仮面ライダーストロンガー以降の仮面ライダーシリーズの放映権も持っていたが(制作は初代シリーズからのMBS)、2000年に製作された所謂「平成ライダーシリーズ」の第一作となる仮面ライダークウガからは、共同制作している東映が大株主であるテレビ朝日が制作・放送している。
日本の民放テレビ局では最後まで消費者金融会社のコマーシャル(CM)を解禁していなかったが、2001年4月1日に解禁した。
当時、ラジオでは既にCMを解禁していたがテレビは「ビデオ問題」(後述)の反省と、当時の消費者金融会社の企業体質がネックとなっていた。
テレビとは逆に、TBSラジオの聴取率は首都圏聴取率調査の首位を継続して獲得している。
(2007年8月の首都圏聴取率調査で37期連続首位を獲得) 他局と合同出資した会社(フジテレビジョンとの合同出資によるム・ーハや、フジおよびテレビ朝日との合同出資によるトレソーラ)を設立するなど、他のキー局との交流もある。
労働組合の力が強い。
その一つとして、赤坂本社内のスタジオ(報道用のNスタ・Sスタを除く)については、労働組合との深夜労働に関する取り決めの関係から、事前に延長使用届を提出していない場合24時に強制的に照明の電源が落とされる。
そのため通常の番組収録では24時前に収録が終了するようにスケジュールを組むが、最近では『うたばん』など逆にそれを積極的に活用(というよりも笑いの要素の一つに利用)する番組も現れている。
ホリプロとはパイプが太く、「赤いシリーズ」など古くから番組制作に関わっている。
特に、和田アキ子を積極的に番組に起用していることでも知られる。
また、泉ピン子やジャニーズ事務所なども結びつきが強い。

沿革
[編集] 沿革 1951年(昭和26年)5月、東京都千代田区霞ヶ関に資本金1億5千万円で株式会社ラジオ東京設立(設立登記5月17日)。
初代社長は足立正。
1951年(昭和26年)12月25日、東京都千代田区有楽町のスタジオより全国6番目に民間中波放送の本放送開始。
(コールサインJOKR、周波数1130kHz、出力50kW) 1953年(昭和28年)8月、周波数を950kHzに変更。
1953年(昭和28年)12月、"KRT"を略称とする。
(KabusikigaishaRadioTokyoから由来するが、テレビ放送開始をにらんだJOKR-TVにも因むといわれる。
実際その通りになったのだが、世間一般には余り浸透していなかった。
) 1955年(昭和30年)4月1日、東京都港区赤坂一ツ木町で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始。
(呼出符号JOKR-TV、チャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。
世間一般では新聞のテレビ欄表記から「KRテレビ」と呼ばれた。
) 1958年(昭和33年)10月31日、同局初のVTRを使ったテレビドラマ『私は貝になりたい』(橋本忍脚本、岡本愛彦演出。
VTRは前半で使用し、後半は生放送)を放送。
大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞した(尚、番組は全編ビデオテープにて保存されている)。
1959年(昭和34年)8月1日、皇太子ご成婚パレード中継での取材協力を機に、NHKに対抗する日本初のニュースネットワークとして「JNN(Japan News Network)」を結成。
1960年(昭和35年)1月17日、テレビ送信所を赤坂から東京タワーに移転。
映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。
1960年(昭和35年)9月10日、カラーテレビ本放送を開始(カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。
ちなみにNHK、日本テレビと共に東京地区では初だった)。
1960年(昭和35年)10月、東京証券取引所第一部に株式を上場。
1960年(昭和35年)11月29日、株式会社出会と商号変更し、略称を"TBS"とする。
この頃、「東京テレビ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。
1961年(昭和36年)8月、電波を象徴した新社名ロゴタイプ(筆写体)制定。
(デザイン:今道潤三、製作:市川景) 1961年(昭和36年)9月、コーポレートカラー「光の3原色(青・赤・緑=能力・熱意・責任)」制定。
車両の塗装等に使用開始。
1961年(昭和36年)10月、「光の3原色」による社旗、社章(バッジ)制定。
1961年(昭和36年)10月12日、赤坂のテレビスタジオ隣に本社社屋完成。
ラジオスタジオおよび本社機構を移転。
1961年(昭和36年)12月1日、社名呼称をTBSに統一(公用文等を除き、原則「出会」を使用しない)。
1962年(昭和37年)日本初のラジオ1波によるAMステレオ放送の実験放送を行う(1964年まで。
AM/FM方式)。
1962年10月1日史上初の“キャスターニュース”且つネットワーク制作参加ニュース『JNNニュースコープ』スタート(初代キャスターは現・参議院議員の田英夫と元読売新聞記者の戸川猪佐武)。
1964年(昭和39年)10月10日、東京オリンピック開始に伴い、テレビ放送で、同社初の放送でのカラーVTRの稼動を始める(この開会式が、TBSが録画したもので残っている最古のカラービデオである)。
1965年(昭和40年)5月2日、ラジオネットワーク「JRN(Japan Radio Network)」を結成。
1967年(昭和42年)1月15日、『東芝日曜劇場・女と味噌汁』(1965年から始まった連続シリーズ)が局初のカラーテレビドラマ(カラーVTR録画・再生)として制作、放送。
1968年(昭和43年)9月30日、この日の夕方のテレビ『JNNニュースコープ』からテレビニュース報道のカラー放送を開始。
これに伴い、カラーフィルムによるニュース取材を開始。
1969年(昭和44年)12月31日、『輝く!日本レコード大賞』をテレビ生中継(カラー)で放送。
以後、毎年同局の大晦日の看板番組となる。
1971年(昭和46年)11月、ラジオの出力を100kWに増強。
1973年(昭和48年)12月20日、読売新聞社・朝日新聞社・毎日新聞社の3社首脳間で日本テレビとTBSの新聞資本を統一する合意が成立。
翌1974年(昭和49年)2月、創立時からの新聞資本が毎日新聞社だけになる。
1974年(昭和49年)11月19日、近畿地方の準キー局が、これまでの朝日放送(ABC)から毎日放送(MBS)に変更することで基本合意。
ABCはこれまでMBSとネットを組んでいた日本教育テレビ(NET。
現・テレビ朝日)とネットを組むことになる。
翌1975年(昭和50年)3月31日からTBS-MBSの新ネットワークがスタート。
テレビネットワークのいわゆる“腸捻転”が解消される。
1977年8月29日、史上初の3時間ドラマ『海は甦る』(江藤淳・作、仲代達矢主演)を放送。
なお番組中、スポンサーの日立製作所も史上初の3分CMを4本放送。
1978年(昭和53年)11月20日、テレビ音声多重放送を開始(実用化試験放送。
初めの放送は「JNNニュースコープ」の2ヶ国語放送。
ステレオ放送第1号は同月25日の「クイズダービー」)。
1978年(昭和53年)11月23日、ITU(国際電気通信連合)の取り決めでラジオの周波数が9kHzステップへ移行。
それに伴い、午前5時をもって、周波数を954kHzに変更。
1981年(昭和56年)3月、横浜市緑区(現:青葉区)に緑山スタジオ・シティ完成。
1981年(昭和56年)春頃、テレビ音声多重ステレオ放送で、音声媒体としてPCMデジタルプロセス(録音から編集、再生まで全て)を採用した当時としては画期的な番組を放送する(多分、世界初。
内容は小沢征爾指揮によるストラビンスキー『春の祭典』。
同じ演奏を映像と音声は別々にタイム・コード同期されて記録、編集し、再生され送出された。
勿論放送自体はアナログである)。
1983年(昭和58年)11月、テレビ音声多重本放送開始。
1986年(昭和61年)4月、テレビ文字多重本放送開始。
1987年(昭和62年)10月、テレビ24時間放送開始。
1989年(平成元年)8月24日、テレビ・クリアビジョンの本放送を開始。
1990年(平成2年)頃、日本の放送業界で初めてテレビ放送の送出媒体として、D-2方式によるソニー製デジタルVTRを稼動開始(初めはCM送り出しに使用された)。
1990年(平成2年)12月2日、創立40周年事業として秋山豊寛特派員を乗せた宇宙船(ソユーズ)をソ連・カザフのバイコヌール宇宙基地から打ち上げる(「TBS宇宙プロジェクト」)。
1991年(平成3年)9月30日、コーポレート・アイデンティティ(ミクロコスモス=製作:下河内護)導入。
これに伴い、長年親しまれてきた“筆記体マーク”を廃止。
1992年(平成4年)3月15日午前9時、ラジオのAMステレオ放送の本放送を開始。
1992年(平成4年)12月30日、『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ』を放送。
1994年(平成6年)3月、「ミクロコスモス」によるシンボルマーク、簡略形マーク、社名ロゴタイプを廃止。
新ロゴタイプ(製作:小河原義一)に統一し、同28日から使用開始(現在も使用されている)。
1994年(平成6年)10月3日、現社屋「TBS放送センター」(愛称:ビッグハット)に移転。
旧社屋は「赤坂メディアビル」に改称。
正面ゲート守衛詰所・車両検問所の建屋は、円盤形の屋根がついていることからビッグハットにちなみ、“スモールハット”と称されている。
この日は21時から約2時間、新社屋移転の特別番組が生放送された(運用開始したA・Bスタジオからの生放送や社屋移転で運用を終了した旧社屋Gスタジオ内部の様子も放送された)。
1998年(平成10年)4月1日、CS「JNNニュースバード」放送開始(06年4月「TBSニュースバード」に名称変更)。
2000年(平成12年)2月、TBSグループ、JNN、TBSネットワークの共通新シンボルマークとして、漢字の“人”をモチーフにした「ジ〜ン」(一般公募)を制定。
『ニュースの森』(当時)や『ニュース23』など全てのJNNニュース番組のサブタイトルや、MBSやCBCなど系列局制作も含めた全国ネット番組のクレジットタイトルなどで表示されている(現在はJNNニュース番組での表示は一部を除き無し)。
また一部系列局でも、ローカルニュース番組のセットに使用されたことがある(現在は廃止されている)。
2000年(平成12年)3月21日、完全連結子会社としてラジオ現業部門を行う 株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ、テレビの娯楽番組制作を行う 株式会社TBSエンタテインメント、テレビのスポーツ番組制作を行う 株式会社TBSスポーツを設立・分社化。
2000年(平成12年)12月1日午前11時、系列のBSデジタル放送「BS-i」(デジタルBS6Ch)放送開始。
2001年(平成13年)3月1日、完全連結子会社として情報番組・情報生番組の制作を行う 株式会社TBSライブを設立・分社化。
2001年(平成13年)10月1日、中波放送局の免許(コールサイン:JOKR)を株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに承継。
これに伴いテレビ局のコールサインを変更(JOKR-TV→JORX-TV、呼出名称も「出会」から「TBSテレビジョン」に変更)。
2002年(平成14年)7月1日、CS放送局「TBSチャンネル」放送開始。
2003年(平成15年)7月1日、系列会社の株式会社木下プロダクションを商号変更・連結子会社化、事実上の第二エンタテインメント制作分社となる株式会社ドリマックス・テレビジョンを設立。
2003年(平成15年)12月1日午前11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送開始。
(簡易マスターで対応) 2004年(平成16年)キャッチフレーズに“チャンネル・ロック”を採用。
デジタルTVもアナTV同様6chであるのを受け、固定(lock)や音楽(rock)の意味を込めた。
2004年(平成16年)10月、TBSエンタテインメント、TBSスポーツ、TBSライブの子会社3社が再合併し株式会社TBSテレビ発足。
2005年(平成17年)2月7日 地上デジタルテレビジョン放送の送出を簡易マスターから本格統合型マスターに移行して運用開始。
2005年(平成17年)4月 TBS平日ワイド大改編『TBSの変』実施。
2005年(平成17年)7月20日 カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC/TSUTAYA)と共同で、DVDソフトの市場拡大に対応する映像ソフト事業の強化とモバイルやインターネットを利用したコンテンツ事業の拡大を目的とした企画会社「TCエンタテインメント株式会社」の設立を発表。
2005年(平成17年)8月30日 日興プリンシバル・インベストメンツと、韓国最大のドラマ制作会社「キム・ジョンハク プロダクション」に共同投資することを発表。
2005年(平成17年)8月31日 ADSL事業を行うイー・アクセスの子会社で携帯電話などのモバイルブロードバンド通信事業を行うイー・モバイルに100億円の出資を行うと発表。
2005年(平成17年)9月2日 三井物産と、2006年春スタート予定の携帯電話向け地上デジタル放送(1セグ放送)のデータ放送領域を活用した新サービスを検討する企画会社を「TMモバイル企画」(仮称)を9月下旬に都内に設立することで合意。
2005年(平成17年)11月1日 PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス『TBS BooBo Box』を開始。
2006年(平成18年)3月1日 生番組のほとんど全部がハイビジョン化される。
2006年(平成18年)4月1日 地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。
また、テレビのサービスエリアである関東区域内の報道取材が原則としてすべてハイビジョン化される(民放初)。
2007年(平成19年)3月下旬 生番組系で使用される字幕(テロップ)・CGシステムの更新を開始。
4月22日をもって完全に新システムへ移行完了。
[編集] テレビネットワーク構築の歴史 1955年(昭和30年)4月1日 ラジオ東京テレビとして開局。
この時点でネット局はなし。
1956年(昭和31年)12月1日 この日テレビ放送開始の中部日本放送と同日開局の大阪テレビ放送とネットを組む。
(※ どちらも日本テレビ放送網(以下日本テレビ)とのクロスネットであった。
) 1957年(昭和32年)4月1日 この日テレビ放送開始の北海道放送とネットを組む。
(※ 日本テレビとのクロスネットであった。
) 1958年(昭和33年)3月1日 この日テレビ放送開始のラジオ九州(※ ラジオ九州は同年8月1日西部毎日テレビ放送と合併してRKB毎日放送と改称した。
)とネットを組む。
(※ 日本テレビとのクロスネット) 1958年(昭和33年)8月1日 この日まで開局した5局でニュースネットワーク協定に調印(※ JNNの土台となる。
) 1958年(昭和33年)8月28日 大阪テレビ放送・RKB毎日放送がクロスネットからマストバイネット局となる。
(※ 読売テレビ放送・テレビ西日本が開局し両局が日本テレビステーション・ネット局を宣言したため) 1958年(昭和33年)11月22日 この日開局した関西テレビ放送とも一部に限りネットを組む。
1958年(昭和33年)12月25日 この日開局した東海テレビ放送と中部日本放送が番組に限りネットを共有。
(※ 日本テレビクロスネットも同じであった。
東海テレビ放送は翌年の3月1日以降フジテレビジョン(以下フジテレビ)・日本教育テレビ(現:テレビ朝日、以下NET)ともクロス=カルテットクロスを編成する。
) 1959年(昭和34年)3月1日 この日テレビ放送開始の毎日放送と一部に限りネットを組む。
(※ 関西テレビ・大阪テレビと共に同年2月1日開局の日本教育テレビ(現:テレビ朝日)・同日開局のフジテレビとのトリプルクロスを共有していた。
) 1959年(昭和34年)4月1日 札幌テレビ放送開局。
これにより北海道放送はクロスネットを日本テレビからフジテレビ・NETに段階的に変更。
(完了したのはこの年の大晦日)。
1959年(昭和34年)8月1日 前年にニュースネットワーク協定に調印した5局とこの日までに開局ないしテレビ放送開始の東北放送・新潟放送・信越放送・静岡放送・北陸放送・日本海テレビジョン放送・山陽放送・中国放送・長崎放送・熊本放送・南日本放送の11局と番組販売参加の南海放送・高知放送の2局でニュースネットワークJNNを結成。
(以降現在の社名で表記した。
) 1959年(昭和34年)9月1日 この日テレビ放送開始のIBC岩手放送(当時は岩手放送)がJNNに加盟。
1959年(昭和34年)10月1日 この日テレビ放送開始の大分放送がJNNに加盟。
1959年(昭和34年)12月15日 この日テレビ放送開始の山陰放送がJNNに加盟し日本海テレビジョン放送が脱退。
1960年(昭和35年)2月1日 ラジオ東京テレビ・中部日本放送・朝日放送(※ 朝日放送は1959年3月1日に大阪テレビ放送を子会社化(=ABC大阪テレビ放送)し3ヵ月後の6月1日に吸収合併し同社のテレビ局とした。
)・RKB毎日放送が四社連盟に加盟しJNN基幹局となる。
これによりマストバイネット固定となる。
これにより中部日本放送は東海テレビ放送との番組クロスネット共有を、朝日放送は関西テレビ放送・毎日放送との番組トリプルクロスネット共有を解消した。
1960年(昭和35年)3月1日 北海道放送がJNN基幹局となる。
(※ これにより四社連盟は五社連盟と改称。
)ただし、特例により東芝日曜劇場製作参加にとどまった。
1960年(昭和35年)4月1日 この日テレビ放送開始の秋田放送が番組販売でJNNに参加。
1960年(昭和35年)10月1日 この日テレビ放送開始の宮崎放送がJNNに加盟。
1963年(昭和38年)4月1日 この日開局の福島テレビが番組販売でJNNに参加。
1964年(昭和39年)9月1日 RKB毎日放送が番組に限り日本テレビとのクロスネット復活。
(所謂腸捻転と呼ばれるネットチェンジ、理由はそれまでの系列局テレビ西日本がフジテレビ系列となったため。
) 1969年(昭和44年)4月1日 北海道放送が北海道テレビ放送の全道テレビ放送開始によりマストバイネット開始。
RKB毎日放送が福岡放送の開局により番組のみの日本テレビとのクロスネットを取りやめてマストバイネットが復活。
(※ 五社連盟加盟局のマストバイネット化完了。
) 山陽放送が岡山放送の開局によりマストバイネット局となる。
1969年(昭和44年)12月1日 この日開局の青森テレビ番組販売でJNNに参加。
1970年(昭和45年)4月1日 この日開局のテレビ山梨・テレビ山口・テレビ高知がJNNに加盟。
後者の加盟により高知放送が番組参加でのJNNを取りやめる。
1971年(昭和46年)10月1日 福島テレビが福島中央テレビとのネット交換によりJNNに加盟。
1972年(昭和47年)5月15日 沖縄県の施政権返還により琉球放送が正式にJNNに加盟。
(※ 復帰前の沖縄ではまず1959年(昭和34年)11月1日沖縄テレビ放送がテレビ番組のテープネットを開始し1960年(昭和35年)6月1日テレビ放送開始の琉球放送と共有する事となる。
そして琉球放送がJNN特派員配置局の位置付けとなりマイクロネット回線が開通した1964年(昭和39年)9月1日以降は琉球放送に集中していった。
1995年10月より3局以下地区では珍しいマストバイ局となり現在へ。
) 1972年(昭和47年)7月22日 山陰放送が山陰相互乗り入れにより島根県のみから島根県・鳥取県両県での放送に移行。
1974年(昭和49年)11月18日 毎日放送に「1975年3月31日から朝日放送に代わりネットを開始する」と、同時に朝日放送に「1975年3月30日をもってネットを打ち切り翌日から毎日放送とネットを開始する。
」と通告する。
1975年(昭和50年)3月31日 朝日放送がJNN・五社連盟を脱退し毎日放送がJNN・五社連盟に加盟。
(腸捻転解消。
) 青森テレビがJNNに正式加盟。
1975年(昭和50年)10月1日 東北放送・中国放送がマストバイネットを開始。
1979年(昭和54年)7月1日 静岡放送がマストバイネット開始。
1983年(昭和58年)4月1日 福島テレビがJNNを脱退しFNNに加盟。
(※ 同年12月3日までTBS福島支局を設置して対処する。
) 山陽放送が岡山・香川相互乗り入れの第2回実施により岡山県のみから岡山県・香川県両県での放送に移行。
1983年(昭和58年)12月4日 この日開局のテレビユー福島がJNNに加盟。
同時にマストバイネットを開始。
1989年(平成元年)10月1日 この日開局のテレビユー山形がJNNに加盟。
熊本放送がマストバイネットを開始。
1990年(平成2年)10月1日 この日開局のチューリップテレビがJNN加盟。
1991年(平成3年)4月1日 信越放送・長崎放送がマストバイネットを開始。
1991年(平成3年)10月1日 北陸放送がマストバイネットを開始。
1992年(平成4年)10月1日 この日開局のあいテレビがJNNに加盟。
これにより南海放送が番組販売でのJNN参加を取りやめる。
秋田放送が番組参加でのJNN参加を取りやめる。
秋田県の取材は岩手放送・東北放送が受け持つ。
1994年(平成6年)10月1日 南日本放送がマストバイネットを開始。
1995年(平成7年)4月1日 あいテレビがマストバイネットを開始。
1996年(平成8年)10月1日 IBC岩手放送がマストバイネットを開始。
1997年(平成9年)4月1日 テレビユー山形がマストバイネットを開始。
2000年(平成12年)1月1日 新潟放送がマストバイネットを開始。
[編集] 所在地 東京都港区赤坂5丁目3番6号 TBS放送センター 郵便番号:107-8006(テレビ・ラジオ各TBS制作番組宛ての番号は「107-8066」、因みに東京都港区赤坂の郵便番号は〒107-0052。
) 電話番号:03-3746-6666 [編集] アクセス 千代田線赤坂駅から徒歩約1分 銀座線・丸ノ内線赤坂見附駅から徒歩約5分 港区コミュニティーバスちぃばすも利用可能。
南北線・銀座線溜池山王駅から徒歩約5分 都営大江戸線・日比谷線六本木駅、半蔵門線・銀座線・都営大江戸線青山一丁目駅へは港区コミュニティーバスちぃバスを利用。
[編集] スタジオ [編集] TBS放送センター(ビッグハット) (スタジオは全部で9か所) Aスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオアッコにおまかせ!、関口宏の東京フレンドパークII、さんまのSUPERからくりTV、ブロードキャスター、うたばん、ドッカ〜ン!など Bスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオどうぶつ奇想天外!、学校へ行こう!MAX、CDTV、恋するハニカミ!、金スマ、オールスター感謝祭など ※AスタジオとBスタジオは連結使用が可能 Cスタジオ(HD対応、4F、180坪)…バーチャル対応スタジオ はなまるマーケット、2時っチャオ!、みのもんたのサタデーずばッと、チャンネル☆ロック!、サンデーモーニング、噂の!東京マガジン、報道特集、時事放談など Dスタジオ(HD対応、2F、180坪)…情報系生番組専用スタジオ みのもんたの朝ズバッ!、ピンポン!、オビラジR、王様のブランチ、サンデージャポンなど Eスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用スタジオ、中継番組の送出サブ など Fスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用、バーチャル用スタジオ、中継番組の送出サブ など Nスタジオ(HD/SD、2F、180坪)…ニュース専用スタジオ JNNニュース、イブニング・ファイブ、筑紫哲也 NEWS23、など Pスタジオ(HD/SD、約25坪)…当初は外が見えるガラス張りのパノラマスタジオとして利用されていた 中継番組の送出サブ MLB主義`05など Sスタジオ(SD、オープンフロアの為面積不明)…CSTBSニュースバード専用 [編集] 緑山スタジオ・シティ (横浜市青葉区緑山)全スタジオがハイビジョン対応。
渡る世間は鬼ばかり、3年B組金八先生、サラリーマン金太郎、温泉へ行こう!等、ドラマ全般の製作を行っており、TBS所有のスタジオではあるが、管理・運営は子会社である「株式会社緑山スタジオ・シティ(SMC)」が行っている。
基本的に貸しスタジオの為、CMや他局(NHK、東海テレビほか)の番組などTBS以外の収録も多い M1スタジオ(180坪)… M2スタジオ(180坪)… M3スタジオ(180坪)… M4スタジオ(240坪)…渡る世間は鬼ばかり M5スタジオ(240坪)… オープンロケ地(20,000坪、2,000坪)SASUKE、KUNOICHI、風雲!たけし城等 一時はオープンスタジオと呼んでいたが、名称が変更された。
[編集] TBS・砧スタジオ (世田谷区砧、東京メディアシティ(TMC)内)TBS専用のスタジオではあるが、CMや他局の番組などレンタルによるTBS以外の収録も多い。
緑山と同じく株式会社緑山スタジオ・シティが管理している。
K1スタジオ(HD/SD、200坪)…スパスパ人間学!など K2スタジオ(SD、200坪)…リンカーンなど [編集] 報道用サテライトスタジオ 国会記者会館(千代田区永田町 国会記者会館内) 東証アローズ(中央区日本橋兜町 東京証券取引所 東証アローズ メディア・センター内) 警視庁記者クラブ(千代田区霞が関 警視庁内) ほか    

TBSテレビ番組一覧
[編集] 緊急警報放送、災害報道 TBSテレビ番組一覧 詳細はTBSテレビ#TBSテレビ制作番組一覧を参照 主な分類は以下の通り。
基本的には株式会社TBSテレビが制作を担当している。
ニュース・情報 … JNNニュース、みのもんたの朝ズバッ!、ピンポン!、イブニング・ファイブ、筑紫哲也 NEWS23など。
報道番組ではJNN報道特集、みのもんたのサタデーずばッと、サンデーモーニング。
情報番組系でははなまるマーケット、王様のブランチ、世界・ふしぎ発見!、ブロードキャスター、サンデージャポンなど。
スポーツ番組 … ザ・プロ野球、スーパーサッカー、J SPORTSなど。
バラエティ … 一般バラエティでは関口宏の東京フレンドパークII、リンカーン、アッコにおまかせ!、ズバリ言うわよ!など。
クイズではさんまのSUPERからくりTV、オールスター感謝祭(年2回特番)など。
音楽 … うたばん、CDTV、輝く!日本レコード大賞など。
ドラマ … ナショナル劇場、月曜ゴールデン、金曜ドラマ、日曜劇場ほか(2007年現在) 報道特別番組については、JNN報道特別番組を参照。
特別番組 … 史上空前のアドベンチャーパーク「DOORS」(2005年9月19日、2006年1月4日(再放送))、コトバーチャランド(2006年1月1日 23:45〜25:09)、ニューイヤー駅伝(2006年1月1日 8:30〜14:30)、さんま・玉緒のお年玉あんたの夢をかなえたろかスペシャル(2006年1月4日 18:30〜20:54)、TBSテレビ50周年新春ドラマ特別企画・里見八犬伝(2006年1月2日、3日 21:00〜23:24) この他にもドミノ倒し・世界記録への挑戦!も放送された。
[編集] ネットワーク JNN(Japan News Network)という名称で、日本の民間放送で初めてニュース系列を各地方局と結び、全国的なニュース取材体制を確立した先駆者である[要出典]。
そのため、1996年、TBSビデオ問題(オウム真理教ビデオ事件)が発生するまでは、「報道のTBS」と呼ばれていた[要出典]。
一般の番組供給系列のネットワークは「TBSネットワーク」または「JNS」と呼称されている。
但し、JNNを運営する「JNNネットワーク協議会」による付帯事業として行われ、完全に別組織とはなっていない。
このためか一般には『TBSネットワーク』の名称は浸透しておらず、『TBS系』、やニュース系列と同様に『JNN系』と呼称される場合が多い。
実際、TBSもスポーツ中継のオープニングキャッチで「JNN SPORTS」と出していた時期がある等(1993年頃)、「JNN」をTBS系のネットワークそのものの愛称として使用した例もあった。
原則的にJNN協定が適用されるニュース番組に関して加盟社共同制作という形をとる(そのため「製作著作」のクレジットが出ない)のに対して、適用外のネットワーク番組は、製作した各社それぞれで著作権を持ち、製作局のロゴがクレジットされるのが両者の違いである。
なお、TBSネットワーク扱いで放送している番組には、TBS以外の局の製作番組でもネットワーク・シンボルである『ジ〜ン』が製作局ロゴの隣に付加される(例: 製作著作 毎日放送 人(ジ〜ン)但し一部例外あり)。
※TBSは『ジ〜ン』をステーション・シンボルとしても使用しているのでローカル番組でも表示される。
かつて「TVガイド」では基幹局共同で出していた広告に「日本のお茶の間を結ぶ最高のネットワーク-TBS系-」と書かれていた。
したがって対外的には「TBS系」という呼称であるといえよう。
[編集] CS放送 東経124・128度CS放送(SKY PerfecTV!)でニュース専門局TBSニュースバード(旧・JNNニュースバード)及び、過去のコンテンツを生かしたTBSチャンネルの2つのチャンネルを放送している。
2つのチャンネルは東経110度CS放送(e2 by スカパー!)では委託放送事業者であるC-TBSを通じて放送され、また一部のケーブルテレビでも放送されている。
[編集] キャッチフレーズ もうひとつの家族6チャンネル(1980年4月〜1981年3月) TBS For The Best!(1981年4月〜1987年3月) もっと素敵に、TBS(1987年4月〜1991年3月) やるテレビ。
ぼくはリアルだ。
TBS(1991年4月〜1992年3月) テレビが好きです。
TBS(1992年4月〜1992年9月) 人間の味がする。
TBS(1992年4月〜1993年3月) テレビ道。
TBS(1993年4月〜1994年3月) YES,TBS.(1994年4月〜1996年3月) TBS6(1996年10月〜1999年4月) 夢をつなぐ橋。
TBS(1999年4月〜2000年3月) 未来箱(みらいっぱこ)。
TBS(2000年4月〜2001年3月) TBooS(2001年10月〜2004年3月) チャンネル・ロック!!TBS(2004年4月〜) 本局のアナログテレビジョン放送のチャンネルは「6」であり、デジタルテレビジョン放送のリモコンIDも「6」である。
現在のキャッチフレーズ“チャンネル・ロック!”は「6チャンネル」と「チャンネルはそのまま」をかけており、番組の最後に流れる「クロスプログラム」(次の番組の告知)でも右上に「チャンネル・ロック」と表示される(関東のみ)。
なお近年は、デジタルテレビジョン放送のリモコンIDがTBSと同じ「6」となる系列地方局でも、当該地域向けにTBSが用意する宣伝映像の中で、密かに「チャンネル・ロック」のフレーズが出てくることがある。
[編集] コーポレート・スローガン この窓は、キミのもの。
TBS(2003年4月〜2006年3月) 「おもしろくって、ためになる」テレビ局 TBS (2006年4月〜) [編集] 局マスコット 黒豚をモチーフにしたBooBo(ブーブ)がいる。
[編集] オープニング・クロージング(テレビ) TBSラジオのオープニング・クロージングはTBSラジオ&コミュニケーションズを参照のこと。
「赤坂鉄塔」バージョン - KRT開局〜1961年3月 「モノクロ夕日」バージョン - 1961年4月〜1962年12月 「ガラス棒」90秒バージョン(ナレーション:藤田恒美) - 1963年1月(1973年1月よりカラー化)〜1987年9月/30秒バージョン(同) - 1973年10月〜1991年9月 このガラス棒映像は筆記体ロゴが変更になるまで長らく使われた。
ミクロコスモスバーション(ナレーション:林美雄) - 1991年9月末〜1994年3月27日 TBSロゴがミクロコスモスに変更されたことから全面的に改められた。
CGで万華鏡のような背景の中に太陽系の惑星が次々と出てくる映像。
この代からステレオ化され、音声多重放送のコールサインも告げられる。
また、テロップ・ナレーションから「出会」の名称が消えた。
オープニング・クロージングは共通。
周波数情報などのテロップは順に出てきて奥に小さく消えてゆく。
60秒。
地球バージョン(ナレーション:林美雄) - 1994年3月28日〜2000年3月 ミクロコスモスのロゴが不評により変更になったため、音楽・ナレーションはそのまま映像を差し替えた。
CGで地球を映しながら、英語で書かれた周波数情報、コールサインを地球に沿う形で流してゆくものである。
獏と子供KRバージョン(ナレーション:ケイ・グラント) - 2000年4月〜2001年9月 「ジーン」の制定により、全面的に変更となったもの。
アニメーションを使い、従来の映像に比べると柔らかい印象になった。
なお、「出会」の名称は出ないが、「Tokyo Broadcasthing System」の英語名称がナレーション・映像に使われている。
獏と子供RXバージョン(ナレーション:林美雄) - 2001年10月〜2003年3月 TBSラジオ分社化に伴い、コールサインが「JORX-TV」となったための変更。
尚、ナレーションの林アナは2002年7月に亡くなったものの、2003年春の変更迄はこのバージョンが使用された。
現行ショートバージョン(ナレーション:吉川美代子) - 2003年4月〜 他局同様、放送終了後はフィラー化したため、オープニング・クロージングも簡略化される傾向が強い。
このバージョンもその例に漏れない。
なお、デジタル放送用もほぼ同じだが、アナログで「Tokyo Broadcasthing System」とコールする部分は、「出会です」とアナウンスし、ガラス棒バージョン終了以来久々に「出会」の名称が使われるようになった。
[編集] テレビの時刻出し 放送開始時〜9:53:00(土曜日は9:24:00)まで。
「みのもんたの朝ズバッ!」と「みのもんたのサタデーずばッと」はカスタムで表示(2つの番組のデザインは別々のもの)。
CM中は通常フォントで表示。
平日 11:55:15〜12:55:20 「ピンポン!」第2部内(「JNNニュース」終了後から)。
CM中は非表示。
2007年2月26日より表示開始。
1995年頃から2000年3月・2004年度・2007年2月27日から4月20日まで正午の時刻表示は「12:00」と表示していた。
平日 16:54:00〜18:55:00 「イブニング・ファイブ」内。
CM中は非表示。
かつては、平日の午前は10:19:00まで(2005年3月25日まで、含むCM中)の表示があった。
また、1997年10月頃、ごく短期間であったが、月〜木曜23:55:00〜翌0:49:00の間の表示もあった(0:00の表示であった。
CM中は非表示)ほか、かつてはフィラーで放送していた「ミッドナイトウェザー」(TBSニュースバード(旧:JNNニュースバード)放送開始前)開始から“ミッドナイトウェザー”専用フォントで表示があった。
尚、2007年7月17日の明石家さんちゃんねるでは、冒頭で「SNNニュース」(JNNニュースをもじったもの)を放送したが、この枠では全国ネットで時刻表示がされていた。
(21:00〜21:02頃、ただし番組内では09:0Xで表示。
) [編集] 出会(TBS)で流れるCM 詳細はTBSテレビ#TBSテレビで流れるCMを参照 [編集] 制作映画 1980年 天平の甍 1992年 課長島耕作(田原俊彦) 1993年 高校教師 1994年 Jリーグを100倍楽しく見る方法!! 1995年 1・2の三四郎 1995年 アンネの日記 1997年 義務と演技 1998年 大安に仏滅!? 1998年 アンドロメディア 1998年 スプリガン (アニメ) 1999年 催眠 1999年 秘密 1999年 カラオケ 1999年 サラリーマン金太郎 2000年 ケイゾク/映画 〜Beautiful Dreamer〜 2000年 はつ恋 2000年 クロスファイア 2001年 連弾 2001年 陰陽師 2002年 突入せよ! あさま山荘事件 2002年 ピンポン 2002年 命 2002年 DRIVE 2002年 マッスルヒート 2003年 黄泉がえり 2003年 あずみ 2003年 恋愛寫眞 College of Our Life 2003年 ドラゴンヘッド 2003年 陰陽師II 2003年 木更津キャッツアイ 日本シリーズ 2004年 半落ち 2004年 ゼブラーマン 2004年 APPLESEED (アニメ) 2004年 世界の中心で、愛をさけぶ 2004年 下妻物語 2004年 Jホラーシアター(感染/予言) 2004年 スチームボーイ (アニメ) 2004年 いま、会いにゆきます 2005年 あずみ2 Death or Love 2005年 四日間の奇蹟 2005年 NANA 2005年 この胸いっぱいの愛を 2005年 あらしのよるに(アニメ) 2006年 嫌われ松子の一生 2006年 日本沈没 2006年 涙そうそう 2006年 木更津キャッツアイ ワールドシリーズ 2006年 NANA2 2006年 犬神家の一族 2007年 どろろ 〜DORORO〜(実写版) 2007年 そのときは彼によろしく 2007年 憑神 2007年 Life 天国で君に逢えたら 2007年 包帯クラブ 備考:最近の日本映画は「製作委員会方式」で作られる作品が主流で、TBSが製作・出資に関わる映画は、準キー局の毎日放送も製作委員会に名を連ねている作品が多い。
[編集] アナウンサー 2005年現在は子会社・TBSテレビへの出向という扱いであるが、番組はテレビ(ビーエス・アイを含む)、ラジオ双方に出演している。
男性 松下賢次(1975年入社) 宮澤隆(1975年入社) 鈴木順(1976年入社) 中村秀昭(1979年入社) 林正浩(1979年入社) 柴田秀一(1981年入社) 浦口直樹(1983年入社) 椎野茂(1984年入社) 岡田泰典(1986年入社) 戸崎貴広(1986年入社) 清原正博(1988年入社) 佐古忠彦(1988年入社) 向井政生(1988年入社) 小林豊(1989年入社) 斎藤哲也(1989年入社) 岩井健浩(1990年入社) 安東弘樹(1991年入社) 清水大輔(1993年入社) 初田啓介(1993年入社) 升田尚宏(1994年入社) 小笠原亘(1996年入社) 土井敏之(1996年入社) 安住紳一郎(1997年入社) 伊藤隆太(1997年入社) 駒田健吾(1998年入社) 新タ悦男(1998年入社) 佐藤文康(1999年入社) 藤森祥平(2001年入社) 高野貴裕(2003年入社) 赤荻歩(2004年入社) 蓮見孝之(2004年入社) 伊藤隆佑(2006年入社) 井上貴博(2007年入社) 杉山真也(2007年入社) 女性 吉川美代子(1977年入社) 長峰由紀(1987年入社) 有村美香(1990年入社) 秋沢淳子(1991年入社) 長岡杏子(1994年入社) 小川知子(1995年入社) 小島慶子(1995年入社) 堀井美香(1995年入社) 木村郁美(1996年入社) 広重玲子(1996年入社) 小倉弘子(1997年入社) 外山惠理(1998年入社) 豊田綾乃(1999年入社) 久保田智子(2000年入社) 山内あゆ(2000年入社) 竹内香苗(2001年入社) 山田愛里(2002年入社) 小林麻耶(2003年入社) 高畑百合子(2003年入社) 青木裕子(2005年入社) 新井麻希(2005年入社) 岡村仁美(2005年入社) 出水麻衣(2006年入社) 水野真裕美(2006年入社) [編集] 歴代アナウンサー [編集] 他部署へ異動したアナウンサー 男性 岡崎潤司(1986年入社、広報部→アナウンス部デスク) 志賀大士(1996年入社、現TBSテレビ第3制作部ディレクター) 杉山真喜人(1988年入社、報道局外信部→コンテンツ事業局コンテンツ事業部) 武方直己(1986年入社、広報部) 中村尚登(1981年入社、報道局記者→TBSラジオニュースデスク) 原山理一郎(1989年入社、現TBSテレビ第4制作部) 女性 大沼真理(1984年入社、TBSテレビPRステーション部) 小笠原保子(1989年入社、報道局記者) 川戸惠子(1967年入社、解説委員) 牧嶋博子(1983年入社、報道局記者) [編集] 退社したアナウンサー 男性 青木靖雄(1967年入社、現在は嘱託としてTBSニュースバード「ビジネス・ナビ」で東証アローズからのリポートを担当) 芥川隆行(1951年入社、故人、ナレーター、「水戸黄門」の初代ナレーションや「スクール☆ウォーズ」などTBSドラマのナレーションで茶の間に長年親しまれた) 有馬隼人(2001年入社、アメリカンフットボール選手) 生島ヒロシ(1976年入社、タレント、生島企画室会長) 池谷三郎(1951年入社、故人) 池田孝一郎(1959年入社) 石井智(1959年入社、故人、主にゴルフやマラソンの実況で活躍) 石川顯(1964年入社~2001年夏に定年退職 現在でもフリーのスポーツアナとして活躍中) 稲川英雄(1951年入社、故人) 今村稔(1965年入社) 榎本勝起(1952年入社) 大沢悠里(1964年入社、現在、大沢悠里のゆうゆうワイドMCほか) 岡部達 (1958年入社、ボクシング中継、3時にあいましょうの司会などを担当) 柄沢晃弘(1984年入社、現:WOWOWアナウンサー) 川戸貞吉 久米宏(1967年入社、キャスター、オフィス・トゥー・ワン所属) 小坂秀二(1952年入社、故人。
相撲評論家・歯科医) 小島一慶(1968年入社、「どうぶつ奇想天外!」ナレーター、アステラス製薬 明日も元気!MC) 五味陸仁(1965年入社、定年退職。
主に報道番組を担当) 近藤美矩(1972年入社~2003年夏に定年退職、現在は嘱託として「ドキュメント258」ナレーションや「TBSラジオニュース」などを担当) 下村健一(1985年入社、キャスター、ジャーナリスト。
みのもんたのサタデーずばッとレギュラー) 杉山真太郎(「水戸黄門」の2代目ナレーター、故人) 鈴木史朗(1962年入社、CMA所属のタレント) 鈴木治彦(1955年入社、フリーキャスター、評論家) 高野昭平(1954年入社、メディア・スタッフ取締役相談役) 高橋進(1976年入社) 多田護(1965年入社、CMA所属、毎年BS-iのマスターズゴルフの放送で登場) 田中宏明(1990年入社、ジャーナリスト) 土屋統督(1958年入社) 中村陽介 奈良陽(1965年入社、故人、CMA所属、TBSラジオでニュースキャスターを担当) 新村尚久(1961年入社) 林美雄(1967年入社、在籍中に逝去) 平野貞一(1951年入社) 藤田和弘(1959年入社~1994年夏に定年退職) 桝井論平(1964年入社、本名は桝井貞之、フリーアナウンサー) 松永邦久(1968年入社、現・CMA常務取締役、TBSアナウンススクール事務局長) 松宮一彦(1976年入社、故人、「ザ・ベストテン」の追っかけマンやラジオ「サーフ&スノー」のDJで有名だった) 宮内鎮雄(1967年入社~2005年春に定年退職、現在はナレーションを中心に務める) 宮澤祐介(1993年入社、報道局記者→アメリカ留学→NGOグループ所属) 山田修爾(1969年入社、HDソフト部長、アナウンス部長、経営企画局担当局次長等を経て2005年9月に定年退職、現・CMA常務取締役。
ドリーム・プレス社監修) 山田二郎(1960年入社) 山本文郎(1957年入社~1994年定年3ヶ月前で退職。
フリーアナウンサー) 吉村光夫(1951年入社、NPO法人鉄道模型の会代表) 料治直矢(1959年入社、故人、「JNN報道特集」の司会を長年にわたって担当) 渡辺謙太郎(1953年入社、故人、メディア・スタッフ元代表取締役会長) 女性 雨宮塔子(1993年入社、フリーアナウンサー) 有村かおり(1983年入社、現・CMA所属) 石井和子(1968年入社、気象予報士) 今井登茂子(1964年入社) 岩崎直子(1969年入社) 宇野淑子(1964年入社~2002年春定年退職、作家) 遠藤泰子(1966年入社) 海保知里(1999年入社) 香川恵美子(1988年入社、セントルイス・カージナルスの田口壮選手の妻) 川田亜子(2002年入社~2007年フリーアナウンサー) 木場弘子(1987年入社、千葉大学特命教授、野球評論家与田剛氏の妻) 木元教子(1956年入社、評論家) 桐本幸子(1965年入社) 見城美枝子(1968年入社、現:青森大学教授) 神津栄子(1977年入社) 進藤晶子(1994年入社、フリーアナウンサー、プロゴルファー深堀圭一郎選手の妻) 須賀雅子(1970年入社) 菅原牧子(1968年入社、「講談社ラジオブックス」のプロデューサー) 戸田恵美子(1987年入社、現・CMA所属) 中島道(1953年入社、ノンフィクション作家・中島みち) 野口雅子(1983年入社) 福島弓子(1989年入社、シアトル・マリナーズのイチロー選手の妻) 藤田恒美(1966年入社) 三雲孝江(1977年入社、現:イブニング・ファイブキャスター) 渡辺真理(1990年入社、キャスター) [編集] アナウンサー以外で在籍 男性 青柳脩(CMA代表取締役社長) 秋山豊寛(日本初の宇宙飛行士、現在は農家) 井沢元彦(作家) 居作昌果(テレビ制作会社「タイクス」元代表、故人) 大山勝美(ドラマプロデューサー・演出家、テレビ制作会社「カズモ」代表) 久世光彦(ドラマ演出家、作家、故人) 小杉隆(元文部大臣) 近藤邦勝(ドラマプロデューサー・演出家、テレビ美術会社「アックス」社長を経て現在は「ドリマックス・テレビジョン」社長) 実相寺昭雄(演出家・脚本家・映画監督、故人) 新堀俊明(1959年入社、日本大学教授・尚、かつてはJNNニュースコープキャスターを担当していた。
) 杉尾秀哉(1981年入社、報道記者・現在はTBS解説委員でイブニングファイブ・朝ズバッのコメンテーター) 杉田秀男(元日本スケート連盟理事、フィギュアスケート選手・審判) 田畑光永(1960年入社、CMA所属ジャーナリスト、元神奈川大学教授・新堀と同様、かつてJNNニュースコープキャスター担当。
) 円谷一(演出家・プロデューサー、「円谷プロダクション」二代目社長、故人) 弟子丸千一郎(TVプロデューサー、テレビ美術会社「アックス」会長) 服部晴治(在籍中に死去。
TVプロデューサー、大竹しのぶの元夫) 樋口潮(『筋肉番付シリーズ』『人間解析ドキュメント・ZONE』などをプロデュース。
現在はテレビ制作会社「Monster9」を設立し、フジテレビの『海筋肉王』などをプロデュースしている。
) 藤林英雄(かつてはJNNニュースデスクのキャスターを担当していた。
) 堀川とんこう(堀川敦厚)(ドラマプロデューサー・演出家・映画監督) 松岡憲治(人生評論家、フジテレビ『笑っていいとも!』にもレギュラー出演した) 松原耕二(1984年入社、報道記者) 脇田時三(ドラマ演出家・監督、テレビ制作会社「テレパック」代表) 渡辺岳夫(作曲家・故人) 女性 石井ふく子(TVプロデューサー) 小渕優子(衆議院議員、故・小渕恵三元内閣総理大臣の娘) 堂本暁子(元衆議院議員、千葉県知事) 吉永春子 [編集] イベント アナフェスタ TBSアニメフェスタ

資産
資産 TBSはこれまで培った放送での技術・コンテンツだけではなく、優良な資産を多数抱えている。
中でも不動産においては、本社のある東京都港区赤坂の超一等地を始め、横浜市青葉区の緑山スタジオ・シティなど、広大かつ超高値の土地を保有している。
赤坂では後述のように再開発を進めており、完成後はオフィスビル・高級賃貸マンション・劇場などによる不動産経営も行なう事になっている。
プロ野球横浜ベイスターズのオーナー企業でもあり、また半導体製造機器メーカー東京エレクトロンの創業時に出資、現在も同社の筆頭株主でもある。
これらを含めたTBSの保有株式も貴重な存在である。
こうした一連の資産の総額は時価にすると膨大な金額に達する。
こうした国内屈指の資産を持つ優良企業である反面、後述のように安定株主がいないという現状もあり、「買収されやすい」「お買い得である」と日々言われていた[要出典]。
本社機能が新社屋(ビッグハット)に移転した後も、旧社屋は「赤坂メディアビル」として機能してきた。
また周辺部にはライブハウス「赤坂BLITZ」や劇団四季のミュージカル専用劇場「赤坂ミュージカル劇場」(劇団四季が専用のJR東日本アートセンター四季劇場[春]、[秋]に移転後、多目的ホール赤坂ACTシアターとして改装オープン)もあった。
しかし、「TBS赤坂五丁目再開発計画」に伴い、旧社屋やBLITZ、ACTシアターは取り壊され、2007年には超高層オフィスビル『赤坂Bizタワー』や賃貸マンション、劇場『(新)赤坂ACTシアター』・ライブハウス『(新)赤坂BLITZ』がある赤坂サカスが完成する予定である。
なお「日本最大のライブハウス」としてオープンし、閉館が惜しまれた(旧)赤坂BLITZは、2004年12月横浜市みなとみらい地区に移転し、最大1700人を収容し日本のライブハウスで初めてサラウンド音響システムを導入したライブハウス「横浜BLITZ」として新たにオープンした。
なお、横浜BLITZは『(新)赤坂BLITZ』がオープン後も運営を継続し、2つのBLITZは共存予定である。
社内カンパニーも参照 [編集] TBS株をめぐる動き [編集] 主な株主 2007年3月31日現在 楽天メディア・インベストメント株式会社 (15.71%) 株式会社イーエム・プランニング(9.91%) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(退職給付信託口・株式会社電通口) (4.89%) 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (4.73%) 日本生命保険相互会社 (4.11%) 資産管理サービス信託銀行株式会社(金銭信託課税口) (3.34%) 株式会社三井住友銀行 (3.01%) 株式会社毎日放送 (2.81%) 三井物産株式会社 (2.25%) 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (2.08%) [編集] 新聞社との関係 TBSは元々競願4社を統合して設立された会社で、内3社が新聞社をバックに設立された会社-毎日新聞系の「ラジオ日本」、読売新聞系の「読売放送」、朝日新聞系の「朝日放送」であった(注:この「ラジオ日本」は現在のアール・エフ・ラジオ日本とは全くの別会社である。
なお「朝日放送」も大阪の朝日放送(ABC)とは別会社であるが、元々は同じ企画で生まれた会社である)。
開局当時、ラジオ東京のスタジオは東京・有楽町の毎日新聞と同じビルに置かれ、人事面でも毎日色が強かったがこれは上記各社の内「ラジオ日本」だけが開局準備を進めていたことによるものである。
しかしながら、ラジオ東京=TBSはこれら新聞各社とは一線を画し、徐々に新聞支配からの脱却を図っていった。
ラジオニュースは開局当初より読売・朝日・毎日の順番で一日交替制による『三社ニュース』として放送しており、編集権は一切新聞社が掌握していた。
このため、出稿社が異なる度、同じ題材を扱うニュースの内容に齟齬が生じる結果となり、ニュース編集方針に一貫性を欠くきらいがあった。
1955年9月の砂川闘争の取材よりラジオ東京独自の取材による内容をニュースとして放送することが認められ、以降臨時ニュースを中心に独自取材のニュースも放送されるようになった。
テレビニュースは自社製作ながら、月〜土曜日の夜に『三社ニュース』の枠が設けられ、読売・朝日・毎日各社の記者が出演して放送された。
後にテレビ版『三社ニュース』は各社製作のニュース映画に替わり放送時間も夕方に変更された。
1959年JNNが結成される際は、地方局の殆どが地元新聞社と深い繋がりがあったため、ラジオ東京は特定の新聞色を出さない条件でニュースネットワークへの参加を地方局に呼びかけた。
このため同じ新聞3社が出資していながら読売色が強かった日本テレビに対して、ラジオ東京は全国ネットワークの形成で優位に立った。
1961年、創立以来均衡を保った新聞各社出身の常勤役員は毎日出身者のみとなったが、却ってこれら毎日出身役員を中心に自主性が強まり、寧ろ新聞色の薄い局と呼ばれるようになる。
1963年、TBSは新聞3社とラジオニュースに関する覚書を交わし、同年4月より海外ニュースを共同通信社経由に切り替え、一部TBS自主取材のニュースを新聞社提供ニュースに挿入できる事になり、編集権の自主権を一部確保した。
1973年12月20日、読売・朝日・毎日の各首脳が覚書を交わし、読売と朝日が持つTBS株式は毎日へ譲渡されることとなり、翌1974年2月に実施される。
このため4月からテレビ『三社ニュース』枠は『毎日新聞ニュース』だけになるが、ラジオの定時ニュースタイトルは「TBSニュース」に変更。
完全に編集権はTBS側に移った。
5月30日毎日新聞社とTBSは両社社長連名で相互の協力関係と独自性の尊重をうたった覚書を締結。
1975年10月、テレビ開局以来の『毎日新聞ニュース』が打ち切られ、代わりに毎日新聞協力の『テレポートTBS6』がスタート。
1977年、毎日新聞は経営危機の克服のためTBS株式の大部分を放出。
また逆に毎日新聞新社設立時にはTBSが出資する事となり、完全に両社の立場は対等となった。
1978年、ラジオのプロ野球中継で、読売ジャイアンツ主催試合を中継するため放送権を持つ読売新聞社と交渉に入り、10月読売新聞協力の報道・情報番組を放送する事で1979年以降のジャイアンツ主催試合の放送権を確保。
4年振りにラジオでの『読売新聞ニュース』が復活したが、1992年テレビでの佐川急便事件報道で読売新聞社と係争関係になり、ラジオナイターの独占中継権も覆ったため、1993年『読売新聞ニュース』の放送を中止し現在に至っている。
[編集] 安定株主の不在 上記の歴史から、TBSは在京キー局で唯一新聞社との関係が薄く、安定株主が存在せず買収されやすいと言われており、2005年2月のライブドアによるニッポン放送株取得を受け日興プリンシパル・インベストメンツに新株予約権を割り当てるポイズンピルや第三者割当増資を行うなどの防衛策を実施したが、同年10月の楽天による株式の大量取得を防ぐことはできなかった。
最近の動き 2002年よりプロ野球横浜ベイスターズのオーナー企業となったが、後述のように東北楽天ゴールデンイーグルスのオーナー企業である楽天がTBS株の取得を進めているため、野球協約の規定により球団を手放す可能性がある。
現在はUSENなどが球団買収に食指を動かしている。
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2005年10月13日、ネット関連事業大手の楽天が系列会社の楽天メディア・インベストメント等を通し、TBSの全発行済み株式の15.46%を取得した旨株式大量保有報告書を関東財務局に提出するともにその事実を発表した。
(2005年10月26日、楽天はさらにTBSの普通株式を買い増し、19.09%の株式を保有している旨を関東財務局に報告・発表した。
) 2005年10月14日、村上世彰が代表を務めるM&Aコンサルティング(いわゆる「村上ファンド」)が系列会社のMACアセットマネジメントを通しTBSの全発行済み株式の7.45%を取得している事が、関東財務局に提出された株式大量保有報告書にて明らかになった。
TBSは安定株主対策として毎日放送や電通に第三者割当増資を行った他、系列局に対しても株式の取得を要請した。
2005年11月30日、TBSと楽天は、 「放送とインターネットの連携」協議・検討する「業務提携委員会」の設置。
楽天は経営統合の提案をいったん取り下げる。
協議期間中、楽天はTBS株式の保有比率を10%未満まで低下させる。
これを超える保有TBS株式についてはみずほ信託銀行に信託する。
(信託分のTBS株式の議決権は同銀行に移行する) 楽天のTBSに対する最終的な出資比率等については、両者で協議する。
協議期間については2006年3月31日までとし、延長できるものとする。
以上を要旨とした覚書を取り交わし、両社は敵対的状態から和解した。
2006年8月24日、TBSは自社およびJNN/TBS系列各局の財政基盤を強固にする事を目的として「放送持株会社」を新設し、TBSと一部系列地方局をその傘下に置く持株会社制への移行を検討していることが分かった、早ければ2007年秋にも実現したい考えである。
「放送持株会社」について総務省は同一企業による株式保有比率を20%未満とするよう制限がかけられる見通しで、移行が実現すればTBSは強力な買収防衛策を備える。
2006年12月1日、ABCマートの三木正浩会長が経営するイーエム・プランニングが、TBS株5.05%を取得し、楽天に次ぐ第2位の株主となったことが判明した。
2006年12月27日、イーエム・プランニングの持ち株比率が7.76%に増加。
(同日、関東財務局に提出された大量保有報告書の報道による) 2007年6月18日、ABCマートの三木正浩会長が経営するイーエム・プランニングが、TBS株の6%強を売却し、株式保有率が3.35%に低下していたことが判明した。
[編集] 主なグループ会社 系列放送局各社に関しては「JNN」の項目を参照。
[編集] 連結子会社 2005年3月31日現在で28社存在する。
尚、同年4月1日に株式会社ティ・ビー・エス・ラジオ・アンド・コミュニケーションズは株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに、株式会社ペックは株式会社TBSトライメディアに各々商号を変更している。
株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ 株式会社TBSテレビ 株式会社TBSサービス 株式会社TBSビジョン 株式会社日音 株式会社緑山スタジオ・シティ 株式会社アックス 株式会社東放制作 株式会社TBSトライメディア 株式会社赤坂ビデオセンター 株式会社ドリマックス・テレビジョン 株式会社プロカム 株式会社サウンズ・アート 株式会社横浜ベイスターズ ほか [編集] 持分法適用関連会社 2005年3月31日現在で4社存在する。
株式会社ティ・エル・シー 株式会社東通 株式会社ビーエス・アイ ほか [編集] 関連制作会社 タイクス [編集] その他出資会社 東京エレクトロン株式会社、株式会社トレソーラ、株式会社キッズステーションその他JNN各社を含む70社程度に出資していると思われる(既に売却したものを除く)。
[編集] 関連法人 学校法人東放学園 東放学園専門学校、東京アナウンス学院などを運営。
設立時はTBSの教育事業本部として発足。
放送・映像・音響技術者、アナウンサー・ナレーター、テレビタレントなど、メディア関連人材の養成機関である。
現在も現場実習やグループ社員の講師派遣等、TBSとの繋がりは深い。
[編集] 分社化 2001年9月までは東京のキー局では唯一のラジオ・テレビ兼営局であったが、2001年10月にラジオ事業を子会社「TBSラジオ&コミュニケーションズ」(通称、TBS R&C)に分割して、出会自体はテレビ単営局となった。
コールサインの「JOKR」はTBS R&Cが継承し、出会は新たにテレビに交付された「JORX-TV」のコールサインを使用する事になった。
呼出名称もTBS R&Cが「てぃーびーえすらじお」、出会が「TBSテレビジョン」にそれぞれ変更された。
(それまではテレビ・ラジオ共に「TBS」「とうきょうほうそう」)2004年10月に本体から分割していた「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」のテレビ番組制作3社を再統合し、また送信部門を除くテレビの現業部門全般を「業務委託」というかたちで移管する目的でテレビジョン放送の事業会社株式会社TBSテレビを設立、実質的にテレビ放送事業も分社化した。
株式会社出会は、テレビジョン放送の免許を保有する放送事業者ではあるものの、事業持株会社としてTBSグループの統括会社の位置付けとなっている。
2004年10月1日付けで、全従業員の約8割にあたる約820人(報道記者やアナウンサーも含まれている)が子会社のTBSテレビへ出向となった。
2005年度以後、本社での採用は行われず入社の従業員は子会社への採用となったが、これには労働組合やTBSのOBからの反発が強い。
[編集] 分社化に伴うアナウンス放送 2001年10月1日にラ・テ併設から分社化され、当社がテレビ放送専業となりコールサインも変更されたことに伴い、9月30日の23時59分から10月1日の0時にまたぐ時間帯に、木村郁美が出演してコールサインの変更を知らせる告知放送を行った(ラジオでも同様に行われた。
TBSラジオ&コミュニケーションズを参照)。
[編集] 制作部門 2000年より制作部門が分社化し、番組制作は「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」が行っていたが、2004年10月より「TBSエンタテインメント」「TBSライブ」「TBSスポーツ」のテレビ番組制作3社を統合・再合併し、テレビ事業全般を行う子会社「株式会社TBSテレビ」を発足させた。
出会からの業務委託というかたちで制作以外にも編成・営業・事業・報道・技術・美術などテレビ現業業務も行い、実質テレビ送信・経理以外のテレビ放送事業も本体から切り離した。
これにより、「テレビはTBSテレビ」「ラジオはTBS R&C」と放送業務の殆どを子会社行うことによって、TBS本体は実質的に持株会社としてTBSグループ各社を統括する立場となっている。
なお、株式会社出会は、今後も著作権、テレビジョン放送免許人、およびテレビジョン放送の送信業務、営業指揮権、主編成権などは引き続き保持する。
その為、TBSテレビ制作の番組のクレジットテロップも「制作:TBSテレビ、製作著作:TBS」という表記となっている。
なお、アメリカの三大ネットワークではTBSと同様に本体会社と制作部門が別会社になっている場合が多く[1]、TBSが海外テレビ局の標準的な制作・運営手法を一部取り入れたと考えることも出来る。
[編集] 放送地域 放送対象地域は関東広域圏であるが、放送区域は難視聴対策により沖縄県の大東諸島も含まれる。
また、アナログ放送は山梨県・福島県・静岡県でも受信可能。
(デジタル放送では現状受信不可) 山梨県の場合はスピルオーバーによって、TBSテレビを視聴できなくはないが、三つ峠で遮断されやすく、非常に難しい。
[編集] 呼出符号、呼出名称、チャンネル 呼出符号(コールサイン) 地上アナログテレビジョン放送 - JORX-TV(2001年9月30日まではJOKR-TV) 地上デジタルテレビジョン放送 - JORX-DTV アナログ波音声多重放送 - JORX-TAM(2001年9月30日まではJOKR-TAM) アナログ波文字多重放送 - JORX-TCM(2001年9月30日まではJOKR-TCM) アナログ波データ多重放送 - JORX-TDM(2001年9月30日まではJOKR-TDM) 呼出名称(コールネーム) 地上アナログテレビジョン放送 - TBSテレビジョン(2001年9月30日までは出会) 地上デジタルテレビジョン放送 - TBSデジタルテレビジョン チャンネル 地上アナログテレビジョン放送 - 送信所:東京タワー 第6チャンネル(映像出力50kw、音声出力12.5kw) 地上デジタルテレビジョン放送 - 送信所:東京タワー リモコンキーIDは6、物理チャンネル22チャンネル(出力10kw) [編集] アナログ放送の主な中継局 (カッコ内の数字はアナアナ変換以前の周波数) 東京都 大井町 - 72ch(品川区大井町地区では東京(タワー)6chを視聴している世帯がほとんどである) 八王子 - 37ch(←55ch *八王子市周辺でも、東京6chを視聴している世帯が多い) 多摩 - 53ch(←24ch *多摩市も東京6ch視聴者が多い) 新島 - 56ch(垂直偏波) 八丈島 - 6ch 三宅島 - 6ch 小笠原父島 - 55ch 茨城県 水戸、(ひたちなか) - 40ch(垂直偏波) 鹿嶋 - 37ch 日立 - 56ch 高萩 - 55ch 栃木県 宇都宮 - 55ch(←23chだった) 日光(鬼怒川) - 56ch 矢板 - 42ch 群馬県 前橋 - 56ch 富岡 - 55ch(垂直偏波) 桐生 - 55ch 沼田 - 55ch 埼玉県 本庄 - 55ch(垂直偏波) 秩父、(小鹿野) - 18ch かつては55chだった 千葉県 成田 - 55ch(←23ch) 銚子 - 55ch 香取佐原 - 56ch 勝浦 - 55ch 館山、(千倉) - 56ch(垂直偏波) 神奈川県 山下町 - 73ch 横浜みなと - 56ch *東京6chの視聴者が多い 横須賀久里浜 - 39ch(北方向は水平偏波・南方向は垂直偏波) 平塚 - 37ch(垂直偏波) *千葉県南房総西部からの視聴者も存在する 小田原、(箱根、真鶴、湯河原) - 56ch 沖縄県 南大東島 - 56ch 北大東島 - 44ch など [編集] デジタル放送の主な中継局 茨城県 水戸 - 15ch 栃木県 宇都宮 - 15ch 群馬県 前橋 - 36ch 神奈川県 平塚 - 22ch(垂直偏波) など [編集] 情報カメラ設置ポイント TBSの情報カメラは八丈島、銚子を除きすべてHD対応 東京都 赤坂(本社屋上) 浜崎橋 新宿駅南口(小田急新宿サザンテラス) 井の頭線渋谷駅 隅田川 皇居前 東京駅(東京国際フォーラム) 羽田空港第1ターミナル・第2ターミナル 八丈島(IP伝送による情報カメラ) 神奈川県 横浜 江の島 小田原 千葉県 銚子 成田国際空港 新潟県 苗場スキー場(苗場プリンスホテル屋上・冬季のみ。
尚、苗場スキー場がある地域は、BSN新潟放送の放送エリアである。
) このほか、SBS静岡放送が自社エリア内である静岡県伊東市および熱海市に設置している情報カメラも専用回線により受信可能(TBSからのカメラ操作はできないが、SBSの了解のもと、映像の独自使用が可能) [編集] TBSの不祥事 報道被害や偏向報道、虚偽報道などを防ぐために、役員・従業員が守るべき行動基準としてTBSグループ行動憲章が定められている。
しかし、特に2000年以降は行政処分が下されるような重大な不祥事や類似した不祥事を他局と比べても明らかに数多く引き起こしている。
同局は『8時だョ!全員集合』から続く『風雲!たけし城』や『SASUKE』など大規模なセットを駆使した番組を得意としているが、事故がつき物にも関わらず関係機関への通報の遅れや事故の再発が目立っている[要出典]。
不祥事の内容・該当者の処分発表や謝罪についても重大事件の最中や株主総会の後に行うことがあり、視聴者やマスコミからの非難を避けようとする意図があるのではないかと見る向きがある[要出典]。
場合によってはまったく発表されないこともある。
プロ野球においては横浜ベイスターズの筆頭株主であるが、セリーグを贔屓しているといったことや、横浜ベイスターズや読売ジャイアンツに肩入れしすぎといった内容の批判がある。
ボクシングの亀田父子に対しても擁護や応援など、亀田家を増長させるような報道・実況に終始していると批判されている。
結果的に、大々的に報道された次男の亀田大毅の世界戦は敗北。
その際反則を連発した大毅や反則を指示した亀田史郎・興毅父子に非難が浴びせられたが、同時に亀田家を増長させるような報道をしていたTBSも朝日新聞、毎日新聞、産経新聞から10月16日朝刊において名指しで批判を受けた[2]。
また亀田兄弟の世界戦中継の際には、興毅・大毅ともに、番組の開始から実際に試合が開始されるまでの時間が非常に長く、視聴者からの苦情がTBSに殺到した。
[編集] TBSビデオ問題 詳細はTBSビデオ問題を参照 TBSビデオ問題とは、TBSワイドショー番組のスタッフが、坂本堤弁護士がオウム真理教(現アーレフ)を批判している映像をその放送直前である1989年10月26日にオウム真理教幹部に見せ、直後に起きた坂本堤弁護士一家殺害事件の発端を作った事件である。
1995年10月にTBSビデオ問題が日本テレビにより初めて報道された。
TBSは当初から一貫してその報道内容を否定していたが、1996年3月25日に当時のTBS社長・磯崎洋三がビデオを見せたことを公式に認め謝罪した。
TBSがこの半年余り疑惑の渦中にいる間、筑紫哲也は自身の番組『筑紫哲也 NEWS23』においてTBSの姿勢に疑問を示していたが、社長自らが過ちを認めた3月25日の放送において筑紫は「視聴者との信頼関係という点においてTBSは死んだに等しい」と発言し、各方面に大きな波紋を広げた。
公式サイトの該当ページ(地下鉄サリン事件以前のオウムを擁護した筑紫の発言は削除されている) TBSはこの問題の責任を取るとしてワイドショーを全廃した。
またテレビ、ラジオ放送の両方で、1996年4月30日19時から4時間近く『視聴者(聴取者)のみなさまへ』というタイトルの検証・謝罪番組を放送した。
この番組はTBS系の全局が同時ネットしている。
担当スタッフの処分公表後の1週間(1996年5月20日〜24日)、『筑紫哲也 NEWS23』第1部終了(23:50)以後の深夜放送を休止した。
この間、NEWS23第2部をネットしている放送局は『ドキュメントD・D』などを代替番組として放送し、『NEWS23』第2部をネットしていない放送局は通常の編成で放送した。
ラジオの深夜放送は通常通り行われた。
尚、この時もTBSテレビのみだが1996年5月20日23時50分から5分間特別番組『視聴者のみなさまへ』を放送した。
また1996年夏に開かれたTBS放送番組審議会での提言の履行とTBSビデオ問題の改善措置として、1997年1月から自己検証番組・自己批評番組『TBSレビュー』の関東地区での報道が開始された。
しかし1995年5月7日および14日の『報道特集』の放送で、オウム真理教関連事件の報道中に麻原彰晃の顔などを無関係な場面で頻繁に挿入する、いわゆるサブリミナル手法を用いたために非難が集中した。
TBSは「サブリミナル手法は番組テーマを際立たせる手法として用いただけ」と釈明したが、同年7月21日に旧郵政省が厳重注意を行い、結局TBSは「視聴者が感知できない映像使用はアンフェアであった」と謝罪した。
[編集] 2000年以降の主な事件・不祥事 この節には現在進行中のことを扱っている文章が含まれています。
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2001年10月16日、『うたばん』の収録中、アイドルグループ「モーニング娘。
」の紺野あさ美(現在は卒業)が、スタジオ内の深さ90cmの溝に転落する事故が発生。
右ひざ上に合計12針を縫う怪我を負った。
TBS側は謝罪したものの、デビューを目前に控えていた紺野は出演予定のコンサートやテレビ番組のキャンセルを余儀無くされた。
[3]。
2002年5月5日、緑山スタジオでの『筋肉番付』収録中、京都大学1年の男性中国人留学生と東海大学3年の男子学生(いずれも当時)が、競技中に頚椎などを損傷する重傷、更に1人が頚椎捻挫を起こす事故が発生。
5月24日、TBSは『筋肉番付』の打ち切りを決定し、後に同番組は終了した[4]。
ただし、5ヶ月後の2002年10月12日より「体育王国」として事実上再開している。
2003年3月29日、塩川和則メディア推進局副理事(当時)が東京国税局より9千数百万円の申告漏れを指摘され、内7000万円は不正な所得隠しであると認定された。
これは取締役として属していた子会社のTBSエンタテインメント(当時)から番組制作費を下請けプロダクションへ水増し発注し、水増し分をキックバックさせて得ていたものとされる。
塩川は不正を認めなかったが、TBSは「会社の信用を傷つけた」として諭旨解雇処分とした[5]。
2003年11月2日放送の『サンデーモーニング』で、石原慎太郎東京都知事の「私は日韓合併の歴史を100%正当化するつもりはない」という発言を、テロップで「100%正当化するつもりだ」と改変して報道。
石原知事はこれを捏造と反論し、後にTBS側が誤りを認めこれを訂正、関係者4名が書類送検された。
なお石原知事は名誉毀損の罪でTBSを刑事告発したが、東京地検は「TBSに故意なし」として不起訴処分とした。
これを受けて石原知事は民事訴訟に切り替えたが、後に両者は和解した[6]。
2004年3月5日放送の報道特別番組『告白〜私がサリンを撒きました〜オウム10年目の真実』で、インタビューに出演した男性に、伝聞に基づく情報を実際に目撃したかのように証言させたとするやらせ疑惑が発覚した。
TBSは誤解をまねく不適切な表現があったと謝罪したが、やらせについては否定した[7][8]。
2004年7月26日、ニュース番組で、代理母出産を行ったタレントの向井亜紀の講演での発言について、「生みの親」を批判する印象を抱かせるように報道したため、視聴者から向井側へ非難がよせられた。
これに対し向井側は発言の一部のみを切り取って放送するTBSの手法を非難して抗議した。
のちにTBSは誤りを認め向井側へ謝罪した[9] 2005年5月11日、公式サイトに掲載されていたコラム「ダッグアウト」にて、毎日・朝日・読売の各新聞社からの記事盗用が発覚した。
1本のコラムに複数の記事から盗用していた例もあり、盗用された記事は計39件にも及んだ。
TBSは当初「外部のフリーライターがやったこと」と発表していたが、のちに当時の編成制作本部スポーツ局担当部長が行い、フリーライターがやったように見せかける偽装工作が判明し、同部長は解雇された。
また、その後の社内調査でこれとは別に3件の盗用があることが判明した[10][11]。
2006年5月6日放送の健康情報番組『ぴーかんバディ!』で紹介された白インゲン豆を使ったダイエット法を行った視聴者から、激しい嘔吐や下痢の症状を訴える苦情が30数件あったことが判明した。
TBSは番組内やニュース番組、ウェブサイトなどで「豆は生で食べるとお腹をこわす恐れがある」などとテロップで注意喚起を行い、取締役2人を減俸、制作局長を2?3日間の出勤停止とする処分を行った。
この問題について総務省はTBSに対し、総務大臣名での行政指導の処分を下した。
これは行政指導としては最も重い処分であり、同様の問題を引き起こせば電波停止(これまでに例が無い「免許剥奪」となる可能性も否定できない)もあり得るとした[12]。
なお免許剥奪については、放送局の経営面への影響が大きく、言論の自由・表現の自由にも関係するため、日本で2007年7月以前に行われた例は無いが[13]、1993年に発生した椿事件でのテレビ朝日、2007年に発生した『発掘!あるある大事典』捏造問題での関西テレビ放送に対しては、実際に免許剥奪を視野に入れた検討が行われた。
2006年6月29日放送の『NEWS23』で、小泉首相(当時)の靖国参拝について、米国共和党のヘンリー・ハイド下院国際関係委員長の「行くべきでないと強く感じているわけではない」という発言を、字幕テロップで「行くべきではないと強く思っている」と改変して報道した。
のちに字幕に正確ではない表現があったと釈明した[14]。
2006年7月14日、ウィキペディアの茂原岳人の記事において、TBSに割り当てられているIPアドレスの202.33.68.223が「レイプ癖は今後も健在の見込み。
」と投稿していたことが発覚した[15]。
2006年7月21日放送の『イブニング・ニュース』での旧日本軍731部隊の特集において、VTRに安倍晋三(当時は官房長官)の写真入り小道具が映り、「ゲリラ活動?」というテロップがそれに重なるなど、安部のイメージダウンを狙った印象操作とも取れる放送があった。
TBSは誤解を招いたとして謝罪したが、放送自体は意図的なものではないと釈明した。
→「JNNイブニング・ニュース」の項目を参照のこと。
2006年8月、緑山スタジオでの『KUNOICHI』の収録中に参加者が感電し病院で手当てを受ける事故が発生したが、TBSは県警や消防への通報及び事故の公表を行わなかったことが判明した。
また、事故の際他の参加者への事故の説明を一切行っていなかった。
TBSは安全確認の徹底に努めるとして謝罪した[16]。
2006年12月15日放送の『はなまるマーケット』で紹介された熱湯を使った便器清掃法を行った視聴者から、「試したら便器にひびが入った」との苦情が寄せられていたことが判明した。
同様の問い合わせがあった日本衛生設備機器工業会からの指摘で、番組と公式サイトで同清掃法による便器破損についての注意喚起を行った[17]。
2007年2月3日放送の『人間!これでいいのだ』において、千葉工業大学情報科学部教授(当時)らの研究論文を無断使用していたことが判明した。
TBSは無断使用や不適切な表現について謝罪したが、捏造ややらせは否定した。
→「人間!これでいいのだ」の項目を参照。
2007年2月11日放送のサンデージャポンで、柳澤伯夫厚生労働大臣の国会での別個の質問に対する答弁を、一つの質問に対する答弁を行っているように編集して放送した。
後にTBSは不適切な編集だったとして謝罪した[18]。
2007年3月3日、緑山スタジオでの『新SASUKE2007』の収録中、お笑いコンビブラックマヨネーズの小杉竜一が左肩を脱臼する事故が発生した。
横浜市・青葉消防署に通報し緊急搬送されたが、事故の公表も警察への通報も行わなかったことが判明した。
放送では小杉の競技の模様はオンエアーされたが、脱臼に関する部分は一切カットされていた。
その後、小杉を含む計5人が負傷し、内1人は足を複雑骨折して全治6ヶ月の重傷で入院していることが判明した。
TBS側は「けがは通常起こりうる範疇のもの」と釈明した。
また、一連の事故に対するマスコミのTBS批判に対し、井上社長は定例記者会見で「不当なバッシング」と述べた[19][20]。
2007年3月12日、『HERO'S』の選手紹介VTRで、2ちゃんねるによく似たインターネット掲示板を取り上げ、桜庭和志を非難する投稿があったと放送した。
しかし、この掲示板は実際には存在せず、既存の掲示板をまねて担当ディレクターが自ら作成したものであることを認めた。
しかし内容(桜庭への批判)についての捏造については否定した[21]。
2007年3月28日、1月22日に放送された『みのもんたの朝ズバッ!』において、不二家の期限切れ原材料使用問題に関する一連の報道の中で、根拠の無い情報で不二家を批判していたことが発覚した。
のちにTBSは情報の正確性については誤りを認め謝罪したが、やらせや捏造については否定した。
尚『みのもんたの朝ズバッ!』はこの他にも物議を醸した発言や事件が頻出しており、問題視されている。
詳細はTBS不二家捏造報道問題を参照 2007年4月25日、『第二週刊アサ(秘)ジャーナル』で、バギーによるタイムトライアルの収録中に、出演者の江口ともみが転倒する事故が発生し、腎臓を損傷し手術で摘出するという重症を負った。
TBSは謝罪したが、後に収録はバギーを管理する那須バギーパークの安全に対する警告がありながら強行されたことが判明した[22][23]。
2006年後半から2007年初頭にかけ、『サンデージャポン』で放映された時事ニュースに関する秋葉原での街頭インタビューで、少なくとも4件(Microsoft Windows Vista発売、ホワイトカラーエグゼンプション問題、メイド喫茶従業員が暴漢に襲われた事件、ハロプロ未成年メンバーの喫煙による解雇)において、全て同一の人物がインタビューを受けていたことが判明した。
後に番組関係者からこの人物への出演依頼とインタビューの回答内容の指示が明らかになった。
TBSは演出の範囲内だと考えているが視聴者に誤解を与えかねないものだったと釈明した。
詳細は「サンデージャポン」の項目を参照のこと。
2007年4月19日、2002年の『スポーツマンNo.1決定戦 芸能人サバイバルバトル』の収録において、俳優の金子昇が手首を骨折する怪我を負っていたことが判明した。
『KUNOICHI』『SASUKE』の事故と同様に事故の公表や警察への通報を行っていなかった[24]。
2007年6月5日、関東アマチュア選手権ゴルフ大会へ出場するアマチュアゴルフ選手石川遼を巡って、大会前に『ピンポン!』関係者による同伴競技者などへ盗聴依頼を行っていたことが発覚。
(皮肉にもこの依頼を持ちかけられた選手が大会主催者に報告した事から事実が発覚する事態となった。
[要出典]) また、大会が行われた5日には『イブニング・ファイブ』による無許可でのコース上空のヘリコプターによる飛行を行ったことが判明。
TBSはいずれについても謝罪したが、その後の不誠実な対応に関東ゴルフ連盟は法的措置も検討していると明らかにした[25][26]。
→盗聴依頼については「ピンポン!」の項目を参照。
ヘリコプターの無許可飛行については「イブニング・ファイブ」の項目を参照。
2007年9月18日、前日の9月17日に放送された「ピンポン!」での「どうなる年金Q&A」内で、舛添要一厚生労働大臣に対し一方的に批判をし著しい不利益を被ったとして、同大臣が「公平な放送を明記した放送法に違反する行為で見過ごせない」とし、TBS側に対し文書で抗議し謝罪を要求した上で放送と人権等権利に関する委員会に申し立てを行う方針を示した。
また、同日コーナー内で「番組出演を舛添大臣に要請したが出演を拒否された」と司会者の福澤朗が発言したが、これが事実無根であることが発覚し、9月18日放送の番組内において訂正した[27][28]。
2007年10月14日、その日の昼に放送された「アッコにおまかせ!」において、初音ミク特集の内容がソフト自体とは無関係な「オタク」を面白おかしく取り上げたとして、インターネット上から批判が相次いだ。
なお、このコーナーの取材時には台本が用意されており、本来のソフトに関する情報や説明を行なっていたにも関わらず、その内容は全てカットされた[29][30]。
こうした批判に対しTBSは「謝罪のコメントを出す予定はない。
具体的にどの辺が問題なのか指摘してもらいたい」とコメントした[31]。
[編集] 脚注 ^ 例:TBSと業務提携しているCBSは自社制作番組をCBS PRODUCTIONS,INC.やCBS STUDIOS,INC.などの系列会社が制作を行っている。
^ “「亀田親子を増長させた」 朝日と毎日に批判されたTBS” livedoor news: 2007-10-16. 2007年10月22日閲覧. ^ 芸能関連労災問題連絡会の芸能関係労災事故例を参照 ^ TBS総務局広報部 『「筋肉番付」について』 出会、2002年5月13日。
^ “TBSの脱税副理事、イラク開戦の日に発表” JANJAN: 2003-3-29. 2007年6月14日閲覧. ^ “「おわびもできず…」TBS、石原知事とやっと和解” ZAKZAK: 2003-6-23. 2007年6月14日閲覧. ^ TBS総務局広報部 『週刊誌「FLASH」の記事について』 出会、2004年4月24日。
^ TBS総務局広報部 「04年4月、井上社長定例記者会見の概要について」 出会、2004年4月30日。
^ “またやったTBSお粗末VTR…向井亜紀激怒” ZAKZAK: 2004-7-30. 2007年6月14日閲覧. ^ “TBS記事盗用、35本に…コラム開始早々からだった” ZAKZAK: 2005-5-13. 2007年6月14日閲覧. ^ “TBS新たに盗用発覚…ドラマの解説文を外部HPから” ZAKZAK: 2005-6-30. 2007年6月14日閲覧. ^ “白インゲンダイエット 本当は効果なし?” J-CAST: 2006-6-28. 2007年6月14日閲覧. ^ 開局した後、資金難などの理由により廃局となった放送局は存在する。
過去日本に存在した放送局を参照。
^ “TBSがまた“超訳”小泉の靖国参拝のコメントで” ZAKZAK: 2006-7-8. 2007年6月14日閲覧. ^ 茂原岳人 2006年7月14日 (金) 13:10の版 ^ “またTBS…今度は収録中の感電事故を通報せず” ZAKZAK: 2006-9-13. 2007年6月14日閲覧. ^ “「はなまるマーケット」に苦情…便器清掃法実践→ひびが入った” 産経新聞: 2006-12-20. 2007年6月6日閲覧. ^ TBS総務局 広報IRセンター 『「サンデー・ジャポン」 柳沢厚生労働大臣に対する質疑に関して不適切な編集処理』 出会、2007年2月14日。
^ “TBSまた事故隠し…ブラックマヨネーズ、収録中ケガ” ZAKZAK: 2007-4-2. 2007年6月14日閲覧. ^ “【コラム・変】不当なバッシング!?” 産経新聞: 2007-5-3. 2007年6月14日閲覧. ^ ““2ちゃんねるそっくり”掲示板放映 TBS「担当者が作成」” ITmedia: 2007-3-13. 2007年6月14日閲覧. ^ “TBSまた事故!江口ともみ重傷、夫のつまみ枝豆は…” ZAKZAK: 2007-4-26. 2007年6月14日閲覧. ^ 永本悦巳 「プレスリリース『テレビ番組収録中の事故について』」 那須バギーパーク、2007年4月29日。
^ “TBSの番組で俳優、金子昇が骨折…5年前の収録で” ZAKZAK: 2007-4-19. 2007年6月14日閲覧. ^ “盗聴に盗撮…ハニカミ襲ったTBSストーカー取材” ZAKZAK: 2007-6-6. 2007年6月14日閲覧. ^ “TBS「盗聴」「無断ヘリ」 井上社長の「他人事謝罪」” J-CAST: 2007-6-7. 2007年6月14日閲覧. ^ “舛添厚労相がTBS「ピンポン!」に抗議” 日刊スポーツ: 2007-9-18. 2007年9月18日閲覧. ^ “舛添氏“出演拒否”はTBSが偽造?” スポーツニッポン: 2007-9-19. 2007年9月19日閲覧. ^ “TBS「アッコにおまかせ」の初音ミク特集に批判相次ぐ” ITmedia: 2007-10-15. 2007年10月22日閲覧. ^ “TBSまた「印象操作報道」疑惑 「事前の打ち合わせと全然違う」” J-CAST: 2007-10-15. 2007年10月22日閲覧. ^ “創業社長が明かす、仮想歌手「初音ミク」にかける想い” CNET Japan: 2007-10-24. 2007年10月24日閲覧. [編集] 関連項目 TBS成田事件 TBSビデオ問題 TBS不二家捏造報道問題 横浜F・マリノス (公式スポンサー) 横浜ベイスターズ(親会社) 阪急コミュニケーションズ(元・TBSブリタニカ) 通信と放送の融合 ジ〜ン 東京レコード(かつてTBS番組関連のレコードを発売していたレーベル) ディスコメイトレコード(かつて存在していたTBSグループのレコード会社、販売はビクター音産(現:ビクターエンタテインメント)) 金曜ドラマ 日曜劇場 JNN 新・調査情報 passingtime 毎日新聞 西山事件 社会党 [編集] 外部リンク ウィキニュースに関連記事があります。
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